心の居場所 Land of harmony



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[1] 記憶の整理

投稿者: アイネクライネ 投稿日:2017年 8月 4日(金)23時06分24秒 i114-184-249-218.s41.a015.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用

今日ふと小学生のころの母との記憶を辿っていて、「ちょっと違うのではないか?」と考えるようになったので書いてみます。

私は母から、言葉や態度で虐待を受けていました。
母に対してどのように接触して良いのか、さっぱりわからないまま子ども時代を過ごしていました。
母からは一方的に、「私が悪い子だからそうされるのだ、反省し、態度を改めるように」と言われていました。
しかし私は、一体何が良いのか何が悪いのか、さっぱりわからないのです。
母の前では、母に叱られないようにふるまうだけで精一杯。
他の事は何も考えることができなくなっていました。
私の解釈は、「意味なく怒鳴られたり殴られたりしても、にこにこして笑って、感謝して、明るく振る舞いなさい」と言う風に感じていたのです。
そしてそれができない自分を恥じたり、バカだと考えるようになっていました。

母との関係を改善したい。
寂しさから、私はある時、勇気を出して、台所で夕飯の準備をしていた母に後ろから抱きついた事があります。
その時、包丁を持った母が後ろを振り向いて私に包丁を突きつけ、「危ないじゃないの!なぜそういう風に人を危険な目に合わそうとするの!」と、烈火のごとく怒鳴り散らした。
この時のことを私は忘れることができません。
大きな衝撃を受けて、私はそれ以降の事が良く思い出せなくなりました。

私はその時、大切な母に後ろから抱きついたりして驚かせ、危ない目に遭わせた自分を心底恥じたと思います。
そして自分を、恥ずかしい、愚かな人間だと思うようになりました。

しかし良く考えてみたら、私がとった行動はとても大人の行動です。
私は、母に自分也の、愛を伝えたかったのだと思います。
恥じる事等何も無い、ありのままの、子どもの行動です。
大好きな人に抱きつきたい。
抱きついて、安心したい。
小さな子どもにとって、あたりまえのことです。
虐待の恐怖よりも、母への愛を私の心は選んだのだと思います。

しかしその事に驚いた母を責める事も、少し違うのではないか、と考えるようになりました。
母には何の悪気も無かった。
母自身、実母から虐待を受けていて、子どもの愛し方を知らなかった。
母ならありえないような行動を私がした事に対して、母は大変な驚きを感じてしまった、そして思った事が口から出てしまった、ただそれだけなのだろう、と思うようになりました。

私と母との関係には、深い傷がありました。
しかし、過去は幻想ですよ。
傷は幻想です。

今に生きるため、頂いた試練だったと思えます。
気持ちの整理。

聞いて頂いて、ありがとうございました。


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